ものかきさんに100の質問。/ものかきさんに100のお題。

ものかきさんに100のお題。

7.扉

 その扉はいわゆる開かずの扉だった。
 とはいえ使われていない教室は大抵施錠されているのだから、その扉だって同じだったのかも知れない。ただでさえこの学校の敷地には増築した大学の設備がはみ出していたのに、数年前に学部が縮小整理された所為で教室が余っているのだ。
 それでも数ある中からこの扉が選ばれたのには、それなりの訳がある。勿論大前提として誰もその扉が開いているのを見たことがないのは外せない。だからこの扉が何なのか、その向こう側にある部屋が一体何なのか、毎日通っているにも関らず誰にもわからないのだ。他の多くの教室のように、部屋の用途を示すプレートはその扉には付いていない。この扉を呼ぶ時には結局「開かずの扉」と呼ぶしか呼び様がないのである。
 そしてその扉は他の扉とは違う造りをしていた。扉としてはそう特殊なものではないが、他の教室のようにスライド式のものでもなければ、両開きの扉でもない。それは、よく絵で描かれるような、喩えるなら板チョコに金のノブと鍵穴をつけたような、そんな扉だった。

 魔が差した、というか、それはただの偶然であり、ただの「機会」だった。それが可能だった、それだけだ。
 まとめなければいけない資料があって居残っていたにも関らず、生徒会室で眠ってしまった。この時間なら見回りもあった筈だが、電気が消えていた――というか起きていた時にはまだ日は高く電気は点けていなかったのだ――ので誰もいないと思ったのだろう。今日は他に誰も来る予定もなかったから、つい鍵を掛けてしまっていたし、わざわざ開けて中を確認しなかったのだ。それが常なのか偶然の怠慢なのかはわからない。
 まだ人がいるであろう職員室の前を通るのは躊躇われて、玄関に向かうのに別の階を横切ることにした。そうしたら、既にほぼ消灯された廊下の突き当たり、非常灯の側にあるその扉が目に入った。それだけだった。
 ただそれだけだ。目に入って、ふとノブに手を掛けてしまっただけ。無論噂は知ってはいたが、それまでさほど興味を持っていた訳でもないし、その時だって別に冒険心が芽生えた訳でもなかった。何故かわからないが強く惹かれただとか、そういうものがあった訳でもない。ただ、そこに扉があって、そこにはそれを勧める者もいなかったが止める者もいなかった、だから何となく開けてみた。
 そして、手を掛けたら、その扉はいとも簡単に開いてしまった。

 開かずの扉の向こうには、何か見てはいけないモノがある。
 誰が言い出した訳でもないだろう。その手の話は大体そうだからそうなのだろうという、それは暗黙の了解なのだ。扉は開ける為にあるのだから、開かないというなら、開けられない、開けてはいけない理由がなくてはおかしい、だからそこにはその理由――たとえば、見てはいけないモノがあるのだと、あるのは実に単純な論理なのだ。しかし、単純が故にそれは時に真実そうであることもある。
 その多くが「開けない」であったり「開けることが出来なくなった」であるのに対して、「(開けることは出来るが)開けてはいけない」扉というものは、存在するのだ。

 扉の内側は暗かった。そうでなくとも外は夜ではあったけれど、どうやら窓に遮光用のカーテンが閉まっているらしい。であれば、何かスクリーンを使うようなそういった部屋なのだろうか。いや、あれは本当に窓だろうか、目隠し付きの棚か何かが置かれているのかも知れない。どちらにしろ正面に見える壁と思しき場所には、黒っぽい布が掛かっているように見えた。
 手探りで電気のスイッチを探すが、付近の壁にそれらしいものは見つからない。やはり視聴覚用の、教卓に設置されたコントロールで電源が管理できるような部屋なのかも知れなかった。
 目を凝らすとその部屋が些か奇妙な構造なのに気が付いた。扉は教壇の横手に当たっていて、つまり扉を背にすると目の前には教卓の横側が見え、左手奥に向かって教室が広がっていることになる。遅刻などすればさぞや気まずいことだろう。それは、いい。
 その部屋の床は教室の奥行き、左手奥へ向かって徐々に高くなっていた。つまりは階段教室なのだが、廊下の突き当たりにある部屋としては奇妙な向きに思えた。
 とりあえず教卓へ向かうと、そこには予想通り電気やカーテン、スクリーンなどを操作する装置がついてはいたが、当然ながら鍵付きの蓋が覆っている。生徒が勝手にいじることの出来ないようになっているのだ。そのことを考えれば、やはりこの部屋は単に使用される時に限り開錠される、しかし使われる機会のない余剰な特別教室でしかないのかも知れない、そう思えてきた。

 教壇を離れて教室の奥へと上がってみる。階段教室が少しばかり珍しかったのだ。
 やっと目が慣れてきた。最初奥に見えたのは、前の方の一部は棚であとは窓のようだ。  
 なんだ、どちらも正しかったのだ。そう思って、前を向き直った瞬間、目の前にあったそれが何なのか即座に理解することは出来なかった。それは暗かった為ではないだろう。そして、理解した瞬間その場に尻餅をついた。危うく段を落ちるところだった。

 目の前には、足がぶら下がっていた。

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