ものかきさんに100の質問。/ものかきさんに100のお題。

ものかきさんに100のお題。

4.世界一

「日本人てのは、世界一無信心な国民なんじゃないかな」
 そんなことを突然言い出したのには彼なりの理由があったのだろうとは思うが、やはり僕にとって突然だった。
「それは、どうかな――人によるだろう?」
 いつだって僕の回答はどうとでも取れるような日和見主義な回答なのだ。突き詰めればそんなもの何だって「人による」だろう。
「無宗教の人間が多いってのもそうだけどさ。元々日本にはたくさんの神様がいた筈なんだ。それこそ世界一たくさんの神様を持っていたかも知れないくらいに」
「八百万の神ってやつだろ? そういうのは精霊信仰とか土着の原始宗教にはよくあるよ」
 世界一は大袈裟だ、と言ったつもりだった。
「うん。でも、これだけ何でもかんでも、自然でも人工物でも重複してようが何だろうがってのは、そういうのでもやっぱりかなり多い方だろうさ」
「それで、何で無信心だよ」
「そんなに神様がいたのに、今はみんな忘れられちまったんだ。もしくは神様だと思ってない。一部祭りとかは残っていてもね」
 それはそうだ。今時、何々川の神様やら茶碗の神様やら、正直、言ってみれば有象無象ともいえるものの全てを信仰している人間なんて年寄りでも中々いまい。
「そういった神様なんてのは人間が創るものだ。勿論、実際に存在しているかどうかはこの際問題じゃない。いたとして、名前を付けて神様として祀るのは人間だ、と言い換えてもいいよ。そうすると、世界一神様を創り出した日本人は、世界一自分達の創った神様を捨てた国民ってことだ」
 神様を捨てる? ――忘れるということは、捨てるということなのか。
「捨てるんだ。殺すのでも封印するのでもない、それならまだいい。それはそれできちんと伝承されるだろう? 忘れるなんてのは、初めから、そんなものはなかったことにしてしまうも同然だ。どう思う?」
「え、それは仕方ないんじゃないか? 時代に合わないっていうか」
「君が、じゃないよ。神様はどう思うかな」
 勝手に祭り上げられて、突然放り出されて「そんなものは知らない」と言われたら――嫌だろう。腹が立つ、かも知れない。元々何もせずそのままならともかく、一度持ち上げておいて地に落とすというのは、ひどい。
「勝手に自分達が作り出したのだから、最初からそんなものは無かったんだというのは、勝手な理屈だよ。創ってしまった以上、それはそこにあるんだ。大きな工場を建てて、建てた人間がその後そのことを忘れてしまったからって、工場がそこから消えてしまう訳ではないだろう? 潰れたとしたって工場自体は無くなりはしない。ましてや神様は無人格の『物』じゃない。人だとしたら?」
「産んでおいて捨てて、なかったことに……する、のか」
 恨むだろう、と思う。うん、と彼は言う。
「神様だからね、祟るんだ。特に日本のはよく祟る。祟るから神様として祀るってパターンも多いけど。元々『人智を超えたもの』を神と呼んだだけで、絶対善の性格を期待するのは間違ってる。とはいえ神様ってくらいだから力を持ってる訳で、祟れば大変なことになる――そんなのが八百万もいる訳だ」
 それは、怖い気がする。
「日本てのは、まあ世界一祟られてもおかしくない国って訳だね」
「でも、原始宗教からシャーマニズムなんかを介して、より洗練された一神教に移っていくのは、よくあるプロセスだろ」
「精霊信仰や多神教を原始的として一神教のそれより下位に置くのはどうかと思うけど……宗教は政治と強い結びつきをみせるから、政治社会において、より都合のよい一神教に推移していくのは事実だね。でも、じゃあ日本にそういう宗教はあるかい?」
 「教」の部分が、社会やら世界やら文化に置き換わるほどの、中心となる宗教は――少なくとも今の日本には、ない。
「結局馴染まなかったってことかも知れないね。勿論何を信じるかは個人の自由だから各自で信じる宗教ってのはあるだろうけど。というよりこれだけバラバラにそれぞれが信仰を持てるってこと自体が他所の国じゃあないだろうから、それが許容されること自体が多神教の国ってことなのかも知れない」
 他の宗教の神様も何も、全て八百万の一員に過ぎない、ということか。
「でも、一神教の神は絶対神が多い。善悪に関しても絶対だから、言ってしまえば性格もきつい。八百万もの神を創っておいて、それを捨ててしまうような国民を許して守ろうなんて思うものかな」
 確かに、前任の神をいつまでも祀っていても、あっさり捨ててしまっても、どちらにしてもいい気はしない、だろう。
「そうすると、そういった神様の救済も疑わしい訳だね。かつて最も神が近かった国は、今や最も神様に嫌われた国かも知れないね」
 世界一、神に見放された国、か。普段信じていなくても、何となく嫌なものだな、と思った。

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