ものかきさんに100の質問。/ものかきさんに100のお題。

ものかきさんに100のお題。

39.スター

 三好の姉さんて、あの三好尊子なんだろ?
 言い出したのは誰だったか、周りの人間が一斉に、えー本当にー、などと騒ぎ出す。それ誰、と後ろから誰かが小声で訊いてきた。部屋の中が暗いのと声を潜めてた所為で誰だかわからなかったが、何かテレビとかで除霊とかやってる人、とこっちも小声で教えてやる。知ってないとしらける雰囲気、というやつだ。

「うん、タカコって本当はあんな偉そうな字じゃなくて、ウエハラタカコと同じ字だけど」
 微妙な調子で微妙なことを三好が言った。家族が有名人というのも良し悪しだろうが、まあアイドルや歌手ならともかく、確かに霊能力者じゃ余計に微妙だろう。普段なら突かない話題だが、今回はこのシチュエーションだ。来れば言われるかも知れないことくらい、本人もわかっていただろう。

「やっぱ三好も見えたりするの?」
「どうかな、よくわかんないや」
 普段注目を浴び慣れてない三好は、急に周りから詰め寄られて困っているようだった。
「じゃあさ姉さんから怖い話とかはいっぱい聞くだろ? 聞かせてよ、本当にあった怖い話!」
 そう言われて、三好は少し考え込んだようだった。そういう展開になることくらいわかるだろうに予想してなかったのかな、と俺は少し離れたところで欠伸をかみ殺す。退屈だったというよりは、普通に眠かった。目を凝らして時計を見ると、時間は午前二時近い、眠くて当然だ。

「――姉さんのは、本当の話だから、面白くないと思うよ。怖い話とかって、あれ、作り話だから楽しめるんであって、本当の話ってことは実際誰か死んだりしてる訳だし、ふざけて話題にするようなものでも……。それにプライバシーの問題とかもあるから、あんまり」
「おいおい、なんだよー、空気読めよなあ。怖い話する為に集まってんだからさあ、そういうこと言うなよ?」
 最初に三好の姉さんの話を持ち出した奴の声に聞こえた。その傍から、くすくすと小さい笑い声が漏れた。
 ――じゃなきゃお前になんて声かけないよ、か?

 確かに俺もこの会合が始まったときに彼の姿を見つけて、おや?と思ったのだ。こんなふざけた泊まりの遊びに積極的に参加するようなタイプには見えなかったからだ。三好の印象は、ぶっちゃければ地味で真面目そうな奴という感じで、同じクラスにいても別のグループに属している感じで、あまり話したこともなかった。周りを見ても普段一緒にいる奴らと一緒という風でもないし、誰が誘ったんだろうと思っていたのだが。

「そうだね、じゃあ、姉さんから聞いた話じゃないけど、ひとつ」
 場の雰囲気を壊しちゃ悪いとでも思ったのか、また少し困ったような声で三好が話し始める。期待するような目と、大丈夫かよと馬鹿にするような目とが、周りの視線には混在している。確かに今までの様子じゃ、空気を読むのも話をするのも得意そうには思えない。怪談なんてのは、中身云々よりも話し方だと思う。

「歩行者専用道路標識って、あるだろ。あの青くて、大人と子供の絵が描いてある標識。あれは、当時標識を考えてた人が目の前を通り過ぎる二人を見て、父親が娘と一緒に歩いてる仲のいい親子だと思って、ほほえましいと思ってデザインに使ったらしいんだ。でも、それにしては、子供の足が何か妙な方に曲がってると思わない?まるで嫌がってるみたいに」
「それだったら知ってるよ、誘拐犯だって話でしょ」
 聴いていた女子の一人が、有名な都市伝説じゃん、と言う。こういうとき知ってるからって話の腰を折るのは場がしらけるからマナー違反だと思うのだが、三好はあまり気に留めていないようだった。他の奴らが口を開く前に、いや、と静かに否定して話を続けた。

「そうじゃないよ。あれはモデルにした人が思った通り、親子だったんだ」
「じゃあ怖い話でもなんでもないじゃん」
「そうかな。あの二人が親子だったとしたら、女の子はどうしてあんなに嫌がっているんだろう。あんなに、足がぐにゃりと曲がるほど抵抗して」
 言われてみればその通りだった。あれがもし誘拐事件だったなら、女の子が抵抗するのは当然のことで、確かに大変な事件ではあるけれど、それは「ただの事件」だ。あっちゃいけないけど、実際にはごくありふれた事件。
「あの二人は間違いなく親子だったんだけど、あれは仲良く散歩しているほほえましい場面なんかじゃなかった。父親は女の子を連れていって――」
 三好の話にオチがつくかつかなかったかと同時に、きゃーっ、と言う女子の甲高い声と、ワーワー騒ぐ男どものでかい声が重なって、少し遠巻きに聴いていた俺にはオチがよく聞き取れなかった。想像するに、父親が女の子をどうこうしたってオチなんだろうけど、それにしても周りの怖がり方はかなりのものだった。

「なんてね、嘘だよ」
 騒ぐ声の中、何でもないように三好はそう締めて少しだけ笑った。少しだけ揺れたろうそくの火が、影を大きく揺らす。まるで舐めるようにゆったりと影が壁を這った。

「うわ、こえー。悪かったなあ、空気読めないなんつって、お前話うまいなあ」
「なあ、それって姉さんの話じゃないんだろ? どこで仕入れたネタなわけ?」
 悲鳴交じりの騒ぎが徐々に収まり周りにでき始めた歓談の輪に、三好は少し戸惑っているようにも見えた。彼の周りにこんな風に人がいるのは珍しいから無理もないだろう、俺はそう思っていた。けれど、それは少し違っていたようだ。三好は、言いよどむようにして、さっきの質問に答えた。
「本人から。標識の下に、いたんだ。最初そうだとは思わなくて、なんだろうってじっと見てたら『お前、あのとき見てたのに何で助けなかったー』って」
「びびったーマジうめえよ」
 うわーっ、と歓声とも悲鳴ともつかない声がいっせいに上がった。
 三好は一躍スターだった。

 ろうそくを吹き消そうと、手を添えたとき三好の手首に包帯が見えたのが気になった。
「なあそれどうしたんだ? 怪我?」
「ああ、これ。来るときに、ちょっと見てたら人違いされて絡まれちゃって。掴まれてあざになっちゃったんだ」
 そう言って解いた包帯の下には、子供の手のあとが付いていた。

お題提供:[ものかきさんに100のお題。](in A BLANK SPACE

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