ものかきさんに100の質問。/ものかきさんに100のお題。

ものかきさんに100のお題。

34.蝋燭

 こんなにたくさん蝋燭あるの見たの初めてですよ、驚いたとも呆れたともつかない感嘆の声が漏れた。
 目の前には一本ずつ立てられた蝋燭が板張りの床にずらりと並んでいる。そしてそれはいまだ増え続けているのだ。最終的にはその数は百になる筈だが、床に落ちた空き箱を見る限り、まだその作業は半分といったところのようだ。
「来たならぼうっとしてないで手伝ってくれよ、いい加減、腰痛いよ俺は」
 中腰に近い体勢で蝋燭を立てていた男が、小さくうめいて伸びをする。ちゃんとした蝋燭立てもなしだから、効率が悪くて時間が掛かっているのだろう。

「箱に入ってた時は大して何とも思わなかったんだけどな。何つーか……これは」
「蛍光灯の下でこれ、ですもんね……」
 圧倒される、というか異様だ。白い棒が床一面から生えているようだった、これに火が灯るのだ――ごくりと喉が鳴った。
「もうビビリ?」
 そんなんじゃありませんよ、からかうように肩に置かれた手を払って不機嫌に言う。
「あいつと一緒にしないでくださいよ」
 思い出していたのは、この合宿の説明をしている途中で突然逃げるようにして帰ってしまった生徒のことだった――いかにも勧誘を断り切れずにといった顔をしていたから、きっと気が弱い奴だったのだろう。

「ま、いい趣味してるっつーか、悪趣味っつーか。普通やらねえよな、ここまで」
 蝋燭を揃えろというだけでも十二分にやる気を削げる。夏の風物詩といっていえなくもないが、学校の施設を借りてまで本格的なものをやろうなどと、普通は思わない。
「言い出しといて自分は準備には参加しないってところが、あいつらしいけど」
 この会の主催者のことだろう。入ったばかりなのでよくは知らないが、いわゆる先導役――というか煽動役なのかも知れない。
「明るいところでタネを見ちゃったらムード半減だろ、なんて言ってたけど、絶対サボりの口実だよな。つーか俺らはどうなんのよ」
 とはいえ、むしろ現状これはこれで気味が悪いといえなくはないと思う、思ったがまたからかわれるだろうから黙っておいた。

「もう外結構暗いですね。急がないと夕食前に終わんないですよ」
 夕食を準備している向かいのプレハブの明かりが窓の外に見えた。間に挟まる中庭はライトもないから、夏とはいえ夕方よりは夜の色に暗い。
「思ったよかメンバー集まらなかったからなあ、準備要員足りねーんだよ」
「しょうがないですよ、俺だってホントは来ない気でしたもん」
 そう、本当は来る気はなかったのだ。勿論怖いのではなく、馬鹿らしいからだ。ただ、この会に入った原因でもある彼女が――母体のサークルの大学生、つまりは後に先輩となる女性が――今回のイベントには参加するからと、そう聞いたから。それだけだ。

「よし、あとこんだけだ」
 最後の箱が開けられる。半分手伝いますよ、そう言って腰を浮かしかけた途端、バチンッとやけに大きな音がして照明が落ちた。
「なんだ、停電?」
「でも、あっちはついてるみたいですよ」
 窓の外には遠くに変わらずプレハブから漏れる四角い明かりがある。
「あ、そっか」
 ボッ、と小さな音がして、視界にぼんやりとした明かりが浮かんだ。蝋燭に火が点いたのだ。
「ちょっ、いいんですか? これ、ちょっきりしかないんでしょう?」
「いいじゃん。どうせこんだけあったら誰も数えやしないんだし。さっさと終わらせて飯食いに行こうぜ」
 振り返ると、後ろにはぞろりと白い蝋燭が並んでいて、手に持った不安定な明かりに揺れて影がうごめいている。
「そう、ですね」
 確かに、縦横に整列させている訳ではない蝋燭が何本あるかなんてわかりっこない。初めから百本だと思って見るのだ、それが九十九本だなんて誰も思いはしないだろう。

「使ったのは黙っとけよ? 一応折角こんだけ揃えたってのもウリなんだからさ」
「わかってますよ。……それにしてもさっきの何だったんでしょうね」
「誰かが間違ってブレーカーでもいじったか……じゃなきゃ、祟りとか呪いとか?」
「やめてくださいよ」
 冗談は、と続けるつもりだったのだが、やはり怖がっているのだと思われたらしく、どうせ誰かの悪戯だろう、と笑って付け加えられた。
 祟りや呪いなど信じはしなかったが、背を向け後にした暗がりに、九十九本の白い蝋燭だけが生えているのだと思うと、少し――ぞっとした。

お題提供:[ものかきさんに100のお題。](in A BLANK SPACE

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