ものかきさんに100の質問。/ものかきさんに100のお題。

ものかきさんに100のお題。

3.好奇心

 人間が初めて何かをする時の行動原理なんてものは大体が好奇心なのだろうと思う。
 統計においてそれは如実で、煙草、麻薬、万引き、性交渉、果てはボランティアや一風変わった趣味まで、「どうして」と問われれば「何となく興味があったから」か「身近な人間に誘われて何となく」そんな理由が上位を占めるのだ。或いはそれはこの国に限った国民性というやつだろうか。そういえば、サルでも仲間の真似をして芋を洗うのが伝播したと有名になったのはニホンザルだったか。
 それはともあれ、そんな訳で俺がそこへ足を踏み入れたのも例にもれず「何となく興味があったから」に過ぎなかった。
 そしてそこは「何となく気になったこと」を実験、検証してみるというのがコンセプトの集団だった――一体何なのか興味は引かれるが胡散臭いことこの上ない。
 ちょっと覗くつもりで足を向けたらのっぴきならない状況に引っ張り込まれたというのが事実だ。しかし大抵それらの軽い好奇心でしてしまったことの多くが後悔しようと取り返しのつかないものであるように――後悔しても中毒からは中々立ち直れはしないし、初エッチの相手は変えられないし、一度前科がついてしまえば一生前科者なのだ――三十分後には見事俺はその集団の構成員として名を連ねていて、そしてやはり今更「なかったこと」にはしづらい状態に陥っていた。

 高校の部活動にしては怪しすぎるだろうと思っていたら、母体は大学のサークルで、要するに付属で予備軍集めに近しいことをしているのだ。その場合、表向きはあくまでサークルの客分扱いであり、部活動の認可は特に必要なくなる、というからくりだ。要するに部活動ではない訳だから、ここにいたところで何の実績にもならない訳だけれど、しかしサークルの方はというと、何やら他分野において賞を受けていたりと実績豊富なのである。この特別扱いだって、それ故に許可――黙認されているのに違いない。

「という訳で、この夏の合宿は……」
 いつの間にか参加することになっているらしい合宿の説明をぼんやりと聞き流す。
 何だか「夏はやっぱりこれだろう」という感じで、遊びとも本気とも取れない計画の説明がなされている。確かに肝試しくらいなら誰でも経験があるだろうけれど、これは本格的に実践してみたことがある人間は少なさそうだ。なるほど、こういう誰も滅多にやらないようなことを、実際にやってみるのがここの活動、という訳か。
 別に心底嫌ならそれこそ幽霊部員にだって何だってなればいいのだ。いや、そもそも部活動でないのなら、正式に手続きを踏んで退部する必要だってないのだ。そう考えたら少し気が楽になった。
 合宿だって考えようによっては楽しそうではないか。設備の都合で泊まりではないらしいけれど女子だっている。こういうイベントは古典的ではあるけれど、それだけに心理的な距離が縮まりやすいのはよく言われる通り確かだろう。くだらない遊びだけれど、悪くはないではないか。

 ――そう思うのに、なぜかひどい耳鳴りのような、具合の悪さが付きまとっている。声が、周りの音が、歪んで遠い。いや、それなのに妙に大きく響くようだ。
 もしかすると、これは警鐘なのだろうか。これから起こる何かを、どこか鋭い部分が察知して回避を促しているのではないか。関ってはいけないと――過ぎた好奇心は身を滅ぼすと、先人は教訓を残している筈だ。誰かが俺の行動を見ていて、馬鹿なことをするなと止めているのではないのか。
 いや、そんな筈はない。誰が見ているというのだ。そんな、それこそ馬鹿げている。……でも、だったら、どうして。
 どうして、俺はずっと不安なんだ? 何をずっと後悔している。

 逃げろ、早く、この場から。関っちゃいけない、それは、よくないことだ。

 がたり。
 鳴ったのは俺が座っていた椅子で、当然突然立ち上がった俺に周囲の目は集まっていた。
 目が、好奇の目が向けられている。耳鳴りが、ひどくなる。見られない為には――見なければいい。
 俺は、後ろから追ってくる戸惑ったような制止の声に振り向きもせず、目を瞑ったままその場から逃げ出した。

お題提供:[ものかきさんに100のお題。](in A BLANK SPACE

inserted by FC2 system